Deep Connected – “ウェアラブル”を飲み込むその次のキーワード?

前回の記事でGoogle Glassのことを取り上げた。サムソンがSmart Watchをリリースし2014年はウェアラブル元年になる、という声も聞こえる。しかし、本当に問いたいのはウェアラブルなデバイスがユーザーにとってのどんな問題や、「困った」を解決するのか?提供したいExperienceはユーザーが本当に共感できるものなのかということ。その焦点がぼやけたプロダクトは打ち上げ花火のように一瞬で消えていくだろう。

一方で少し目線を先に向けると”ポスト・ウェアラブル”がすでに見え隠れする。まずは下の動画を見てほしい。

 

MITメディアラボで研究されているこの”Dynamic Shape Display”と呼ばれるこのシロモノ。手の動きに連動して遠隔地にある直方体の柱が生きているかのように動き出す。気持ち悪い?それともいよいよ「画面越し」の時代が終わる時が来た? その評価はもう少し先になりそうだ。今はまだ積み木のような直方体だが、この「ピクセル」がもっと繊細になった時、一つ一つの直方体にセンサーが仕込まれ、硬い、冷たい、といった擬似感覚を再生できるようになった時、さらに先のウェアラブルなデバイスなんかと交わってくると、「遠くて近い」がもっとリアルなものになるのだろう。

写真・文字・動画の共有によるSNS全盛の時代は、自分達の生活や仕事に深く影響し始めた。そして、今後は「肌感覚」をも共有するDeep Connectedな世界へと向かうのか、ちょっと注目して見ておくのもおもしろい。

 

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ソニーにとってPS4は復活の先鋒なのか、それとも・・

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先日Playstation 4が発表になった。注目される機能として、ゲーム中のプレーを常時録画し、思わず自慢したくなるプレーや場面の直前数分間を切り取ってSNSに流すとか、Ustreamでの生中継、SNS経由でプレーヤー同士で助け合うなど、ソーシャル色満載。またスマホ・タブレット対応セカンドスクリーン、Sleepモードの導入など単なるハードウェアとしての性能向上以外にも話題になったものがある。

USでも小学校高学年くらいになってくると、学校が終わったらすぐに家に帰りXboxでネットワーク越しに友達とゲームの世界に入り、同じ場面を見ながら一緒にプレー。そして傍らでチャットしながら学校でのことを話したりするということがあったりする。そういう意味ではソーシャル色が強いPS4はそれなりに注目は集めるだろう。

ただ、この記事ではもっと別の角度からソニーについて書いてみたい。PS4発表の一週間前に現会計年度の第3四半期の決算書がちょうどあがっていた。何気なくみてみるとそこに驚愕の事実が記されていた。プロダクトマネジメントという観点から考えた時に正直ソニーはどういう戦略で資金と資産を使いたいのか?と思わず首をかしげたくなる数字がそこにはあった。

1. ソニー損保・生保でかろうじて食いつなぐキャッシュ

まずは負債の部。(29ページ参照)

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11.3兆円ほどの負債総額のうち、約7兆円が銀行と保険。誤解のないよう付け加えると、こうした金融ビジネスで顧客から預かったお金はB/S上は「負債」にのる。(企業にとってこの預り金は預金者という「貸方」からのお金。それを「借方」である企業が投資したり運転資金にしたりする。)言葉的に儲かってないような響きだが、そうではなくて、ソニーのビジネスは損保と生保で成り立ってる図式から抜け出す気配全くなしということ。ソニーの「プロダクト」収益はどこへいった?という意味です。

2. なんのため?膨大な株式・債券などへの投資額 (P28参照)

なによりも一番不可解なのはその7兆円の行き先。ソニーがメーカーとしての復活を望むのであればどこにその資金を回さないといけないのか?ソニーが出した答えは「株・債券投資(有価証券投資)」、、(と、決算書からは見て取れる)であった。

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総資産13兆円に対して、有価証券投資が占める割合は半分以上。メーカーとして何を作りたいんだろうか・・

3.  さらに意味がわからない膨大な日本国債投資

そして、そのお金の行く先がなんと日本国債なのであった・・ (P38)

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7兆円の有価証券投資額のうち、約6兆円くらいが日本国債行き。総資産の約半分が日本国債の会社って・・ その意図は低リスクで収益を狙っている・・?

当然国債なので、仮にアベノミクスがうまく効き始めてインフレ率が上がれば国債の価格は下がるわけで、ソニーのよって立つ資産価値がどんどん目減りする。今なお収益の柱を金融業に依存し、メーカーとしてソニーの魂が感じられるようなプロダクトが生み出せないのならこの先かなり苦しい。

冒頭のPS4だが、もしソニーが本当に”自由闊達にして愉快なる理想工場” を復活させたいのなら、そのシナリオがあってしかるべき。PS4も「ソーシャル機能を備えた高性能コンソールゲーム端末」で終わるのではなく、その復活シナリオの中でソニーが向こう5年、10年で作りたいエコシステムのなかでどうPS4を位置づけたいのかというメッセージを正直聞きたかった。GoogleはすでにGoogleメガネの先行予約を開始。彼らはビジョン実現に向けて着々と製品をプランし動いている。
(http://news.cnet.com/8301-17938_105-57570779-1/confirmed-google-glass-arrives-in-2013-and-under-$1500/)

プロダクトマネージャーは単にプロダクトを作っておしまいではない。会社全体のビジョンと戦略のなかで、どのようにそのプロダクトを位置づけるのか?そこを考えるのもプロダクトマネージャーの仕事である。PS4の発表と不思議な決算書を読んでいて製品ポートフォリオの観点がごっそり抜け落ちているように見えた。

ちなみに総資産額から言えば実はサムソンもソニーと同じくらいの規模(約12兆円。2012年実績)。だが、有価証券投資にまわしているのは1兆円に満たない。そして最後には純利益約2.4兆円を稼ぎだす。

もっとトップに噛み付くプロダクトマネージャーがソニーをかき回してほしい。過去の輝きが伝説で終わってしまう前に。

 

グローバル市場で戦うならもう一度考えておきたい、「プロダクト」の本当の意味

LED照明の”Experience”を再定義したおもしろい例。- LED 体育館

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前回の記事を読まれてない方は、まずは一読してから本稿を読むことをおすすめします。

“危機にあったスターバックスが復活できたHoward Shultzの手腕”
http://wp.me/p28zGY-la
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製品にしろサービスにしろ形態はともかく「プロダクト」として見た場合、通常マーケティングでニーズやターゲットの絞り込み、R&Dで自社でできることを使ってそれに対する答えを市場に問うというのがよくあるパターンだ。しかしハワードの話を聞いていると、カプチーノやキャラメルマキアートといったプロダクト単体という次元を超えて、もっと本質からアプローチしているように思える。

なぜなら彼はスピーチの終わりの方で、こんなことを言っていた。

“Don’t only focus on the features and benefits of your products. Understand the role and responsibilities you have individually and collectively to make a deposit in the reservoir of trust constantly through the product.”

日本語に意訳すると、

「自社が提供するプロダクトの機能そのもの、便益といった部分のみにフォーカスを当てるのはやめたほうがいい。顧客と接する我々ひとりひとりが自分の役割と責任を理解し、プロダクトの先にある信頼を積み重ねていくことこそ、個人として組織として継続して行なっていかなければならない」

といった感じになるだろうか。

ポイントは、プロダクトの良し悪しだけを問うのは不完全だということ。実はユーザーがプロダクトに信頼を寄せる、その瞬間をいかに作り出せるか?ということなのだろう。こう考えるとスペック云々の話は単なる製品プロファイルというレベルの話でしかなく、顧客に提供する価値の全体ではなく部分でしかない、ということになる。

どん底にあったスターバックスをよみがえらせるのに、ハワードはいかに「信頼を寄せる瞬間」を作るか、ということにこだわった。だからこそ店内を「カスタマーにとっての第3の部屋」と位置づける方針をとり、社員を地域のボランティアワークに参加させ、Create Jobs USA”(http://www.createjobsforusa.org/)活動で、職を失った人々を救う活動も全米で開始した、

彼はこうした取り組みについて、下のように話している。

“It’s time to recognize the rules of engagement for a public company is not just to make a profit.  It’s about achieving the balance between profitability and a social conscience. And that is actually a very good way to build shareholder value and trust.”

意訳すると、

プロダクトが売れること、それは同時にプロダクトの先にあるユーザーとの信頼を作り上げることでもある。収益性だけを追い求めるのはもはや不十分。収益追求と道義的な活動のバランスはステークホルダーの価値をあげ、信頼を築くのにものすごく有効だ。

となるかな。

これからの時代の「プロダクト」は、ユーザーが信頼したくなる体験を、製品スペックという枠を超えてデザインできたものなんだろう。(スタバの場合は道義的な活動をうまく活用している。)ハワードのメッセージには、グローバルに生き残るプロダクトは、こうした「信頼したくなるきっかけ」という要素を持っていないと勝ち切れない、スペック勝負で勝ち負けが決まると思ったら大間違いなのだという、思いがこめられている気がしてならない。

その2 – 「プロダクト」を通して世界を見る、プロダクトマネージャーという仕事

Lego x iPhone = iPhone dock
これも立派なプロダクト – http://bit.ly/P3NHAE

かれこれシリコンバレーに移り住んで6年目になるが、これまでプロダクトマネージャーの右腕として、また今現在自分がその当事者として働く中で常々疑問だったことがある。

「なぜ日本ではプロダクトマネージャーという仕事があまり根付いていないのか?」

PMもしくは、プロマネと言えば日本ではほぼ100%の確率で「プロジェクトマネージャーですか?」と言われるが、USでは、「それともプロダクトマネージャー?どっち?」と聞かれるくらいこちらでは浸透している。

この問に対していろいろな視点から答えがあり、シンプルな解はない。例えばこの仕事はいろいろな権限や役割が集中するので、日本のビジネス習慣的にそれを許さないところもある。やれるとしたら組織のトップ層くらいだろう。

ただ、特に日本のメーカーを見ていて「これは」と思うところがあるので、今日はその部分をたたき台に、プロダクトマネージャーの仕事について書いてみる。

シリコンバレーのプロダクトマネージャーが製品の立ち上げを行う時、いろいろリサーチやらヒアリングやらを行い、最終的にカスタマーが要求しそうな機能なり価格等々を議論し、スコープを狭めていく。そのプロセス「全て」に関与していく。(無論関与の度合いは会社によって異なる)

ところが、Aという機能とBという機能が最終的に残ってどちらかに絞らなければいけない場面に遭遇したとする。

何を基準に選ぶか?リスク VS 収益性? コスト? ベータテストの反応?開発スケジュールと予算?

もちろんこういった「数字」は大切な判断基準だが、実はそれだけでは決めない。ではプロダクトマネージャー達は最後に何で決めるか?

………

………

「自分でも思わず使いたくなるか?」

である。

自分がその想定カスタマーの場面にいるときに、AあるいはBを使った時に、どちらが思わず周りに話したくなるか、上司に報告(自慢?)したくなるか、というエモーショナルな部分だ。しかし、この判断はプロダクトマネージャーがどれだけユーザー自身や「ユーザーの」カスタマー、ユーザーが置かれているビジネス環境を理解しているかにかかってくる。この部分が深くないと、なぜユーザーが積極的な感情になれるかのイメージを描けない。ユーザーが使いやすい、わかりやすいという視点も大事だが、そもそも使いたいか?という根源的な問いだ。

これは数字だけでは絶対にわからなし、難しい部分でもある。プロジェクトマネージャーとの決定的な違いもここにある。(彼らはプロダクトのリリースがスケジュールと予算・リソース内に収まるよう苦心するのがメインなところがあって、「使いたいかどうか」の判断は普通しない。)

逆に「自分が使いたい」と思うレベルに達していないならば、そもそもツメが甘いと言っていい。(どうしてもそういう状況でリリースしないといけない時もあるが)

「顧客の要望に応じて」作ったからといって、それを自分が使いたいと思わなければ、大して売れない、ターゲットは積極的に買わない、興味は長続きしない。わかりやすい例で言えば、どんどん超大型化していくテレビをあなたはどこまで使いたいですか?というか、それは本当に「顧客の要望」か?

プロダクトマネージャーの仕事は「自分でも使いたくなる」プロダクトを作り、こうした思いに至る背景を、サイエンスとアートの両面から説明できることが重要。「プロダクト」を通じて世界を見るとはこのこと。ここでいう「世界」とは単に地理的な広がりやマーケットだけを意味しない。というかそれだけでは不十分。むしろ、ユーザーが抱いている「世界」を見るということ。こうして徹底的にプロダクトを叩き上げるからこそ、製品をリリースする時に腹を括れる。(それでもハズレる時があるのでこの仕事は面白く、難しいのだけど)

例えばよくある、線形な製品開発(大型化・高密度化・微細化etc)は、「自分が使いたいか」の問いにいつも答えていっているわけではない。むしろ組織の慣性によってその方向に進んでいるだけということが往々にしてある。また、プロジェクトマネージャーは途中どんなに大変でも決められたとおりにプロダクトが出来上がることが1番。それはそれで大事なのだが、こうした現象を前に、何かもやもやしたものを感じるのは私だけだろうか?

その感触とはどんなにプロジェクトのメンバーが疲弊しても、スケジュール通りにつくり上げたものが、ユーザーが「本当に」使いたいプロダクトなのか?という問題意識にほかならない。この問題意識を「使いたいプロダクト」という答えに翻訳していくのがプロダクトマネージャーの仕事だ。

よって、 理想 (使いたいプロダクトか?)VS 現実 (スケジュール・リソース) という図式ができあがり、 プロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーはよくケンカする(笑)逆に、ぶつかって現実を理想に近づけるくらいの馬力がないと、良いプロダクトマネージャーとは言えないのがシリコンバレーの共通認識。

先日ノーベル賞を受賞した山中氏は「iPSでまだ一人も命を救ってない」という旨を述べていた。iPS細胞開発という技術を、「使いたいプロダクト」に落としこむところに今後プロダクトマネジメントの真価が問われるわけで、受賞は快挙であることに異論はないが、それで終わりではない。ここからがまさにプロダクトを賭けた理想と現実の戦いである。(もしバイオサイエンスの見識と経験が自分にあったらぜひ参戦したいところだが。)

「自分が使いたいか」に気づかない、気づいていても変えられない、(そもそも変更は許さない?)場面が多いことは、日本にプロダクトマネージャーが根付かない大きな理由の一つだ考えている。

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