10年目のCCIEであること、そして型を破ること

サッカーで発電という型破りな発想
ボールで15分遊べばLED3時間分の充電 (http://soccket.org/)

先日EBCでジュニパー本社にお越しいただいたお客さんと会食する機会があった。その時に、「曽根原さんって理系出身なんですか?」と聞かれた。いえ、「自分はそもそも文系出身で・・」 その時の相手の反応はウソだろ?みたいな感じだった。

自分は本当にド文系でまともにテクノロジーのこと勉強し始めたのはCiscoに入ってから。今から考えれば入社当時IPアドレスとかTCPとか言われても大してわかってなかった。(エンジニアとして恥ずかしいくらいに。)そんなところから始まって、入社3年目にCCIE(R&S)という資格をとるに至る。筆記試験とは別に行う実技試験を5回も受ける羽目になり、さすがにきつかった(特に精神面で)のはよく覚えている。

あれから10年。先日5度目の更新を果たして、気がつけばCCIE 10年ホルダーになっていた。

ド素人から始まってここまで来たことは一つの到達点だし、うれしいことは事実。しかし同時になにか違和感を感じていた。テストに合格した直後はそんな違和感を細かく噛み砕ける心理状況になかった(とにかく無事終わってホッとした)が、落ち着いた今になって考えるとその違和感の正体が見えてきた。それは、

CCIEにこだわると「自分が型にハマる」ということだ。

CCIEで問われることは当然多岐にわたり、その深さも同時に要求される。そこで学んだ技術は、ユーザーが「今日この日この時」に抱えている問題を解決するのには十分役に立つ。直近で顧客が抱える問題をエレガントなネットワークデザインで解決できた時ほど、エンジニア冥利につきることはない。

しかし入社3年で現場のSEをしていた若造が10年後プロダクトマネージャーとなって、当然ながら日々考えることは全く変わってしまった。一番大きいのは時間軸だと思う。例えば「このカスタマーが5, 10年後、彼らの描くゴールやビジョンを実現するためにネットワークインフラはどうあったほうがいいのか?」、「今のペースでトラフィック容量やユーザーベースが拡大したとき、ネットワークが顧客にとってのビジネス上の足かせになりはしないか?逆にどうすれば「足かせ」から、「加速エンジン」にできるか?」

こうした問いに対し、CCIEで学んだ中に答えはない。テストではあくまで今既にあるテクノロジーについて問われるだけだからだ。(誤解しないでいただきたいが、CCIEを否定しているつもりは全くない。あくまでキャリアのステージの中において意味合いが変わってきているということを本稿では言いたい。)
「型破り」とは、単にブッ飛んだアイデアのことを示すのではない。「型」を理解しているから「破る」ことができるのであって、「型」も知らないのに破ることなんかできるわけがない。CCIEは自分にとってネットワーク技術の世界における「型」を自分に教えてくれた。それ自体ものすごく価値のあることだったが、自分の感じた違和感は、この「型」をいかに破っていくかに気持ちがシフトしていたから感じていたのだと思う。

CCIEに限らず、CPAやMBA、果ては医者の世界に至るまで「資格」はその道のプロとしての「型」や「作法、ルール」を学ぶことができる。プログラミングや何かを「極める」というのも基本的には同じ。しかしそこで満足してしまえば所詮「型にハマったプロ」で終わってしまう。もちろん、それで十分という人もいるだろう。実際それで十分なのかもしれない。ここから先は「プロとしてどう生きるか?」の問いに自分で答えを創っていく世界。それをするかしないかは、自分自身の選択。ただシリコンバレーに生きる「型破り」なエンジニア達を見ると、「型にハマったままでいる」ことが今後リスクになりそうな気がしてならない。

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