あなたが駆け抜けた後に残るもの – “Legend”というプロ意識

Beta testing now

Google glass – ベータテスト中 @ Palo Alto Downtown

上の写真はパロアルトのダウンタウンを歩いている時に出くわしたGoogle勤務の人。Google Glassをかけて普通に歩いているところに遭遇し、奇遇だったので写真を撮らせてもらった。彼曰くベータテスト中なのだそう。

このメガネに搭載されるソフトウェアのアップデートに関してもニュースがでている。

Glass software update brings web brower, lock feature, app store
http://www.bizjournals.com/sanjose/news/2013/07/05/google-glass-software-update-brings.htm

そのうちの機能の一つWeb BrowsingについてのデモがYoutubeにもでていた。

頭を動かすのに連動してブラウザが上下左右に動くというのが仕様とのことだが、まだこなれてないな。このままだとブラウザ酔いを起こす人もでてきてしまうのでは・・
動画でもでているが、音声コントロールも搭載している。クリックはメガネのフレームをタップするか、音声で選択していくとのこと。

シリコンバレーで働いていると、こうした次の面白いコトを考えて実行に移している人や場面に遭遇する。周りも「変なヤツ」と敬遠するでもなく、逆に興味津津に語りかけてはディスカッションが路上で開始されるのだ。そのオープンさがこの地の強さの下地。

そしてそれを開発するビジョナリーな人たちは、基本的にバランスシートの項目に右往左往することはしない。株価やマーケットシェア、手元資金、もちろん操業という点ではどれも欠かせない要素だが、それはあくまで手段であって目的ではない。

先日行われたSilicon Valley Visionary Awardsの受賞者スピーチを見ていると、彼らが駆け抜けた先に残るものが、我々をとりまく世界を違う次元に押しあげ、次の世代への偉大な遺産としていずれ受け継がれていく、”Legend”とでもいうような、そんなプロ意識があるというのが伝わってくる。このレベルのプロ意識に到達するのにまだまだ自分にもするべきことがたくさんあるとあらためて思い知らされた。

今日本の意思決定層の一部に見え隠れする「自分の世代だけ良ければそれでいい、逃げ切れればOK」、「定年までの数年、若手を犠牲にしてでも波風立たないように過ごせればいい」という下心が見え隠れするような人達には、「自分が駆け抜けた後に残るもの」という点から見直すことを強く薦めたい。下賎な下心の先にあるのはネガティブで非生産的なものしかないと思うからだ。

 

10年目のCCIEであること、そして型を破ること

サッカーで発電という型破りな発想
ボールで15分遊べばLED3時間分の充電 (http://soccket.org/)

先日EBCでジュニパー本社にお越しいただいたお客さんと会食する機会があった。その時に、「曽根原さんって理系出身なんですか?」と聞かれた。いえ、「自分はそもそも文系出身で・・」 その時の相手の反応はウソだろ?みたいな感じだった。

自分は本当にド文系でまともにテクノロジーのこと勉強し始めたのはCiscoに入ってから。今から考えれば入社当時IPアドレスとかTCPとか言われても大してわかってなかった。(エンジニアとして恥ずかしいくらいに。)そんなところから始まって、入社3年目にCCIE(R&S)という資格をとるに至る。筆記試験とは別に行う実技試験を5回も受ける羽目になり、さすがにきつかった(特に精神面で)のはよく覚えている。

あれから10年。先日5度目の更新を果たして、気がつけばCCIE 10年ホルダーになっていた。

ド素人から始まってここまで来たことは一つの到達点だし、うれしいことは事実。しかし同時になにか違和感を感じていた。テストに合格した直後はそんな違和感を細かく噛み砕ける心理状況になかった(とにかく無事終わってホッとした)が、落ち着いた今になって考えるとその違和感の正体が見えてきた。それは、

CCIEにこだわると「自分が型にハマる」ということだ。

CCIEで問われることは当然多岐にわたり、その深さも同時に要求される。そこで学んだ技術は、ユーザーが「今日この日この時」に抱えている問題を解決するのには十分役に立つ。直近で顧客が抱える問題をエレガントなネットワークデザインで解決できた時ほど、エンジニア冥利につきることはない。

しかし入社3年で現場のSEをしていた若造が10年後プロダクトマネージャーとなって、当然ながら日々考えることは全く変わってしまった。一番大きいのは時間軸だと思う。例えば「このカスタマーが5, 10年後、彼らの描くゴールやビジョンを実現するためにネットワークインフラはどうあったほうがいいのか?」、「今のペースでトラフィック容量やユーザーベースが拡大したとき、ネットワークが顧客にとってのビジネス上の足かせになりはしないか?逆にどうすれば「足かせ」から、「加速エンジン」にできるか?」

こうした問いに対し、CCIEで学んだ中に答えはない。テストではあくまで今既にあるテクノロジーについて問われるだけだからだ。(誤解しないでいただきたいが、CCIEを否定しているつもりは全くない。あくまでキャリアのステージの中において意味合いが変わってきているということを本稿では言いたい。)
「型破り」とは、単にブッ飛んだアイデアのことを示すのではない。「型」を理解しているから「破る」ことができるのであって、「型」も知らないのに破ることなんかできるわけがない。CCIEは自分にとってネットワーク技術の世界における「型」を自分に教えてくれた。それ自体ものすごく価値のあることだったが、自分の感じた違和感は、この「型」をいかに破っていくかに気持ちがシフトしていたから感じていたのだと思う。

CCIEに限らず、CPAやMBA、果ては医者の世界に至るまで「資格」はその道のプロとしての「型」や「作法、ルール」を学ぶことができる。プログラミングや何かを「極める」というのも基本的には同じ。しかしそこで満足してしまえば所詮「型にハマったプロ」で終わってしまう。もちろん、それで十分という人もいるだろう。実際それで十分なのかもしれない。ここから先は「プロとしてどう生きるか?」の問いに自分で答えを創っていく世界。それをするかしないかは、自分自身の選択。ただシリコンバレーに生きる「型破り」なエンジニア達を見ると、「型にハマったままでいる」ことが今後リスクになりそうな気がしてならない。

SVPL第4弾はデータサイエンティスト達を束ねる日本人ディレクター

昨年「データサイエンティスト」という流行りを作るきっかけとなった記事がコレ。

Data Scientist: The Sexiest Job of the 21st Century – Harvard Business Review
http://hbr.org/2012/10/data-scientist-the-sexiest-job-of-the-21st-century/

日本でもだいぶ「データサイエンティスト」という言葉が広まってきた感があるが、この仕事のお膝元シリコンバレーで早くからこのキャリアを積み始め、現在バイオサイエンスの分野でこの仕事のディレクターとして指揮を取る女性がいます。

SVPL第4弾はこんなプロフェッショナルをインタビューしています。ぜひ読んでみてください。

http://svpl.wordpress.com/2013/07/04/akinakao/