リーダーシップって言うけど結局なんなのか?

leader

安西先生の名言ですな @ スラムダンク

先行き不透明になったり、状況が不安定になると必ずどこからマスコミやメディアから湧いて出てくる言葉、それが「リーダーシップ」。まるでもやもやを振り払ってくれる魔法であるかのように使われるが、果たしてその言葉は正しく理解され使われているのか疑問に思うときがある。

これまでいろいろリーダーシップ系の本を読んだり、セミナーでの話を聞いたりしたが、頭ではわかってもいまいち・・という感触だった。しかしプロダクトマネージャーを担当するようになって自分の社内での立ち位置も変わり、いわゆる上層部に属する人々と接するようになって「リーダーシップってこういうことか」とリアルに腑に落ちる瞬間があった。今日はその辺りを4点ほど挙げてみます。

 

1.リーダーシップは「スキル」である。

リーダーシップは別に「生まれつき」とか「小さい頃から目立ってて」なんてことは一切関係ないことだとわかった。個人がスキルとして身につけたいと学んで練習していくか、「自分には関係ない、必要ない」と距離を置くかしか、そのどちらかしかない。ただ、勘違いしないで欲しいのは、本で読んだり講座を受講しただけではスキルとして定着しないということ。(無駄ではないが、スキルとして武器になるレベルにはならない)

 

2.リーダーシップは on/off ではなく、スケールの大小

コードが書ける、顧客を納得させるプレゼンができる、「xxできる」というのがon/off(できる・できない) のようなバイナリ的スキルだとすれば、リーダーシップはスケールの大小が問われるアナログ的なスキル。例えばそのリーダーシップはそれこそ「夫婦間」、「家庭内」から始まって、会社だったら「チーム」、「部署」、「事業部」という感じで広がっていく

 

3.リーダーシップのスケールは言葉と行動の掛け算で決まる

例えば会議の場でブレインストーミングをしたとする。巷ではやれ「出たアイデアに対して批判しない」だ、「まずはアイデアの数重視で」などといろいろ言われているが、現実はそんな簡単に行くはずもなく、「声が大きい人」の趨勢で結局は落ち着いてしまう。さらにその声が上層部の人間であればあるほど決定的となる。これは日本に限らない。意外とUSの大企業でもありがちなことなのだ。

では、その「声が大きい人」にリーダーシップがあるのか、と言われれば決してそうではない。なぜならその会議で参加者を丸め込むことに成功しても、アクションに落として結果に結びつかないようであれば単なる扇動者でしかなく、会社としては失敗。こういう人をUSではAgitatorと呼び、Leaderとは明確に区別する。

(Agitatorという役割も組織に危機感を植え付けるという場合においては有効だったりするのだが。)

リーダーシップとは雄弁に語るだけでは意味なし。行動が伴わなかったらスケールはゼロ。

 

4.リーダーシップとは”comfort zone”から抜ける決断をできること

心理学の世界でcomfort zoneという考え方がある。人は誰しも自分がストレスを感じない、快適と思える習慣だったり場所だったり、思考様式がある。でないと常に人は不安を抱えることになり精神的なバランスをくずすという心理的な境界線。過去の成功にこだわることもまさにそれ。「前例がない」、「もうすでにX億円投資している(だからいまさら撤退はできない)」といったSunk Cost的議論も実はこの範疇じゃないかと個人的には思っている。

しかし、リーダーシップとはこうしたComfort Zoneから抜け出すことを決断できること。抜けだしてこれまでにない試みを始められる人。それは手に汗いっぱいかきそうな瞬間の連続かもしれないが、それでも歩みを進められる人。抜け出さない中での決断は所詮マネジメントの範疇でしかないのだ。

そして、こうした個人の決断をサポートできる、少なくとも理解を示す組織なり会社なりが本当の意味でのリーダーシップのある会社ということになる。

「X億円の投資」、「Y事業からの撤退」を決断した、というのはよくその前後の文脈を見ないとマネジメントとしての決断なのか、リーダーシップとしての決断なのかミスリードしてしまう。

もちろん聞き手の感情を揺さぶるストーリーを語れるとか、いわゆる本に書いてあるようなこともポイントとしてあるが、自分の実体験をもとにこの4点は特に重要。

他にもこんなのは?、というのがあればぜひシェアを。

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